八王子 中世の名城・滝山城の遺構を訪ねる

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 北多摩自然環境連絡会主催の「多摩の丘陵ウオッチング」は1219日、八王子市の滝山城址を中心に行われ、総勢14人が参加した。
 
 滝山城は1521年(大永元年)に武蔵国守護代の大石定重が築き、その後、小田原北条氏一族の北条氏照が大改修した。多摩川沿いの急な崖の上に構えた山城で、堀や土塁を巡らせたり、出入り口の前に「馬出し」と呼ばれる少人数で迎撃する空間を設けたりと堅固な守りを誇る。圧倒的な兵力で武田軍に攻め込まれても二の丸で持ちこたえたとされる。破壊されることがなく、ほぼ当時のままで遺構が見られる。(写真は堀底道。城の兵が敵を攻撃しやすい)
 
 この日、一行はJR八王子駅北口から西東京バス戸吹(とぶき)行きに乗り、純心女子学園下車。昔の滝山街道を東へ進み、「滝山城址ハイキングコース」の標識に従って坂を上り、右手に少林寺を見て城址を核とする都立滝山公園に入った。
 
 途中、資料を手に城についての基礎知識などを教わり、攻め込まれやすい尾根道の防御など要所で遺構の説明を受けた。一般ルートを外れて鋭角に曲がる狭い通路を一列縦隊で歩き、進攻しにくく襲われやすい危険も体感。
 
 中の丸広場で昼食をとった後、本丸跡から滝地区へ下り、大石定重が滝山城に移る前に居城としていた高月城址へ足を延ばした。頂上の平地は畑になり長ネギが植わっていた。ここから城址をイメージするのは難しいが、奥のやぶに隠れた空堀と土塁は滝山城址で何度も見たそれに違いなかった。(下の写真は、今は畑になっている高月城の主郭)
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