女性の存在に光 倒幕の先駆け「天忠組」シンポ

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 尊王攘夷(そんのうじょうい)を掲げ、大和国奈良県)で倒幕に立ち上がった志士集団「天忠組」を首都圏の人たちに知ってもらおうと、「天忠組シンポジウムin東京」が1116日夜、東京・代々木の文化服装学院で開かれた。
 
 奈良県五條市、安堵町、十津川村東吉野村でつくる天忠組市町村連携協議会が主催し、約400人が参加した。
 
 天忠組は公家の主将と、脱藩して指導者となった3人の総裁、隊士約100人で結成。1863(文久3)年に挙兵して五條代官所を制圧。幕府領を朝廷直轄地にして大和行幸を迎えるはずだったが、宮中の政変で行幸は中止となり、一転逆賊として討伐を受け東吉野村で壊滅した。天忠組の変は40日で終わったが、倒幕を目指した初の武装蜂起とされる。
 
 東京で3年目となる今回のシンポジウムの柱は「女性から見た天忠組」がテーマの座談。フリーアナウンサー中井美穂さんの司会で、奈良県立大客員教授の岡本彰夫さん、安堵町歴史民俗資料館長の橋本紀美さん、十津川村歴史民俗資料館長代理の吉見真理子さんが、天忠組と関わりのある女丈夫を紹介した。
 
 岡本さんは、天忠組の生き残りで裁判官になるなど出世頭だった平岡鳩平(のちに北畠治房と改名)の妻三枝子が追っ手に取り囲まれた夫に握り飯を差し入れたこと、吉見さんは身重の体で行軍を共にし出産した看護師、橋本さんは自宅で生死の間をさまよう夫を捕らえようと踏み込んだ追っ手に妻が土足をたしなめたことなどを話した。
 
 ほとんど公になっておらず、資料を地道に掘り起こしてわかってきた6人の女性のエピソードに、参加者たちは熱心に聞き入った。
 
 シンポジウムの冒頭、主催者を代表して太田好紀五條市長が「20代の青年が国を変えようと立ち上がった思いを理解し、後世に伝えていきたい」とあいさつ。旭堂南陽さんが講談「三総裁の最期」を熱演した後、東吉野村の前教育長の阪本基義さんが天忠組終焉(しゅうえん)の地を写真で紹介した。