
3連休中日の9月14日、親子で横浜市旭区の寺に墓参りをした。
西東京市に住む私たち夫婦と近くに住む息子、それに板橋区に住む娘の4人。自分の車を運転してくれる娘の都合も考えて小竹向原(こたけむかいはら)駅の出口付近を集合場所としていた。
私たちは電車の先頭部に乗ればよかったのに後部に乗って出口を間違え、息子は急な体調不良で到着遅れ。結局、予定より1時間近く遅れての出発となった。
墓は私の父母らを弔うもので、私が訪れるのは2022年8月以来。親子そろっての墓参りはいつ以来なのか思い出せないほど久々となる。
新型コレラウイルスの感染拡大による外出自粛や脳血管の手術はあったにせよ、たった1年に1度の機会を長い間ないがしろにしている自分を責めていた。
そこでお盆の頃、子どもたちがわが家に集まった折、もう少し涼しくなってからみんなで行こうとの合意が得られ、この日に至った。
いざ墓石の前に立つと、「やっと、来たよ」と小さく声に出すのが精いっぱい。伝えるべき言葉が頭に浮かばなかった。語らなくても知っているよね、と心の中で甘えた。
去年から今年のかけて転ぶことが多く、最近は左足に若干のマヒを感じる。線香を置くのに階段が2段あり、上り下りとも息子の肩を借りた。
父は84歳で逝ったが、私はまだ77歳。「まだ」とは言っても世間では「じじい」か。足が不自由になってから精神年齢と肉体年齢が急速に近づいてきたと思う。
私の親子関係を見ると、たまに顔を合わせるっていいなとつくずく思う。日頃重い口が開き、忘れていた事実が掘り返されたり、新発見があったりする。
帰りに立ち寄ったカフェで娘が「和風パフェ」を取り分けているとき、40代の息子が「抹茶アイスは嫌い」と初めて知った。それでいて煎茶や抹茶は飲むという。こんな会話が心地よく、うれしくもあった。