「東京都内の方形周溝墓」を学ぶ

日野市で発掘調査が進む平山遺跡の方形周溝墓

講演した東京都埋蔵文化財センターの相原正人氏

 東京都埋蔵文化財センター(多摩市)の文化財講演会が1月21日に同センターであり、相原正人(まさひと)調査研究員が「都内の方形周溝墓」と題して話した。

 

 考古学の愛好者ら約90人が参加した。

 

 方形周溝墓は方形の低い墳丘の周りに溝を巡らせた墓で、北海道と北東北地方、沖縄を除く各地に5千基以上ある。弥生時代から古墳時代前期に見られる。

 

 相原氏は、これまでの遺跡調査の成果を画像で紹介しながら、方形周溝墓は弥生時代前期に近畿・瀬戸内地方で発生し、東海地方を経て環濠集落、稲作とともに南関東に伝来。東京には弥生時代中期後半になって東京湾岸(千代田区、港区など)や鶴見川境川流域などに伝わったと述べた。

 

 その後はじわじわと内陸部にも浸透したが、古墳時代前期まででほとんどの地域で終了した。

 

 方形周溝墓が誰の墓かについては、住居の数に比べて墓の数が少ないことや武器・装身具などの副葬品から「集落内のグループの有力者」との見方を示した。

3.11の復興地見学 不親切な参加受け付け

 2月8日に予定していた3.11津波被災地・宮城県東松島の復興見学バスツアーが1日に早まった。

 

 8日に東北新幹線を使って日帰りすることにして乗車券を買った翌々日、旅行会社の仙台支店から「8日は催行できないかもしれない」と電話がきた。悪い予感の一つが的中。

 

 がっかりして「えっ」と言ったまま声を失っていると、「1日なら入れそうですが」と言う。手帳で行動予定を見て、「1日でもいいです」と告げた。

 

 旅行会社は、この時点では実施を確約できない言い方だったが、とりあえずこちらの意思は伝えた。しかし、待てど暮らせど旅行会社からの電話連絡はなかった。

 

 そのせいでもないだろうが胃に痛みを感じていた1月20日、旅行会社から封書が届いた。期待半分で開封すると「2月1日参加」が前提の書類。なら、もっと早く電話の1本ぐらいしろよ、と心の中で叫んだ。

 

 チラシで「震災伝承と復興による魅力を訪ねる」とうたうように趣旨が一般的な観光旅行と違うし、大手の観光会社にしては不親切な客扱いと思えた。

 

 書類には「旅行のしおり」のほか「健康調査票」も送付したことが明記されていたが、健康調査票は同封されていなかった。あきれて問い合わせをする気にならない。

 

 旅行代金は当初大人1万円だったが、3回以上のワクチン接種を条件に全国旅行支援が適用され8千円に。即日、指定の銀行に振り込んだ。

 

 乗車券と新幹線特急券は翌日、みどりの窓口で日付を変更してもらった。旅行当日に何事もなければよいが…。

案ずるより… 最後の運転免許更新

 脳出血とそれに起因する一時的な視覚異常で先行き不安にさいなまれていた運転免許の更新が1月18日、なんのつまずきもなく終わった。

 

 75歳以上の人に新たに課せられた認知機能検査の結果通知書と高齢者講習の終了証明書、それに先日届いた「更新のお知らせはがき」を携えて、東京・府中市の警視庁府中運転免許試験場へ。

 

 正午すぎの受付窓口は二つで、順番待ちは2、3人とすいていた。免許証と先の証明書2枚を差し出すと、本籍と現住所に変更のないことの確認を求められ、更新申請書を渡された。

 

 選挙の投票所のような記入台へ行き、申請書に記入。表は氏名などの必要事項を書き、裏の質問票では病気にかかったことの有無にチェックを入れる。「医師から運転はやめるよう言われた」という趣旨の質問は「いいえ」にチェックを入れた。

 

 更新手数料の徴収窓口で2500円を支払う。

 

 次は適性検査。5,6人が並んでいたが、視力検査だけのようなので、すぐに順番がきた。ここも職員は2人体制。近くに再検査・視野検査の場所があったが、視力検査で問題がなかったようでスルーし、登録コーナーへ。

 

 タッチパネルで4けたの暗証番号を二つ作る。二つの番号とバーコードが記入された「登録カード」が出てくる。

 

 最後は写真撮影。「マスクを外して」「あごを少し引いて」と言われたとおりにしたとたんの「終わりました」。スピーディーというかあっけないというか。しかし、「出来上がるのに1時間ほどかかります」にガックリ。

 

 2階に上がり、交付会場の前で待つように指示される。廊下に椅子がたくさん並んでいたが、着席者は少ない。

 

 免許証の交付はグループ別に30分刻みで行われていた。私は1時20分からのグループ。1時間まではかからないようだ。が、居眠りするわけにもいかない。周りを見ると、若い人はスマホをのぞき込み、年配者は本を読んでいる。

 

 ほぼ定刻となり、教室のような会場に入る。ここも窓口は二つ。高齢者用窓口からすぐ呼ばれ、新しい免許証を受け取った。廊下に並ぶ登録機で二つの暗証番号を打ち込み、すべての手続きが完了した。入場から退出まで約1時間10分。

 

 認知機能検査と更新手続きで府中に2回、高齢者講習で東久留米に1回通い、納めた金額はしめて1万円。高い気はするが、これで向こう3年間、バイクに乗れる。悔いを残さないようツーリングを楽しみ、次の更新時期には免許証を自主返納したい。

林家たい平で初笑い

 今年の初笑いは1月15日、三鷹林家たい平独演会。三鷹行きバスのダイヤが12月に改正されたのに気付かず、出発時刻がいつもより10分以上遅くなってヒヤヒヤしたが、日曜日のせいか乗客が少なく、停留所を次々通過。三鷹駅でのバス乗り継ぎも順調にいき、余裕を持って会場に入れた。

 

 たい平独演会は昨年、新型コロナの感染拡大で急きょ中止、希望者はそのときのチケットを1年持ち続けての入場となった。

 

 番組前半は、たい平の長男で2番弟子の林家さく平が落語「つる」、1番弟子の林家あずみが三味線漫談、たい平が「粗忽(そこつ)長屋」を演じた。行き倒れの遺体を巡り、そそっかしい長屋の住人たちの連鎖がなんともバカバカしく、客席の笑い声も連鎖した。

 

 後半は講談師・神田茜(あかね)が江戸時代の俳句の天才少女の出世と父への情愛を描いた「秋色桜(しゅうしきざくら)」を語り、たい平が「藪(やぶ)入り」で締めた。

 

 たい平が前の高座と同じ着物で現れたのには少し驚いたが、「用意した着物を玄関に置き忘れてきた」との釈明があった。

 

 「藪入り」は明日1月16日であるというタイミングで掛けたと言う。藪入りとは、商家に住み込みの奉公人が、身なりを整えてもらい土産も持たせてもらって実家に帰るという習慣。今では死語かもしれない。サゲにつながるネズミ捕獲の懸賞金やペストの流行も今や昔の出来事だろう。

 

 そうした知識はおぼろげであっても、3年ぶりに帰省する息子を待ち焦がれる父親の心情と言動には素直に共感できた。いや、人情噺(ばなし)の世界から現実の世界に引き戻された。自分はどんな父親だったのかと。

 

 会場の席番は最後方から2列目のほぼ真ん中。思ったほど高座から遠くなく、演者の表情や動作も十分に楽しめた。

映画「ひろしま」は日教組製作だった

 1月14日、保谷こもれびホールで映画「ひろしま」を初めて見た。ワクワクして見に行く類ではなく、人間として見ておいた方がよいという部類の映画だ。新聞販売店がチケットを500円で販売する愛読者サービスを利用した。

 

 上映会を主催する西東京シネマ倶楽部のチラシには、「原爆が投下された直後の様子を再現した作品」「公開当時(1953年)、あまりにリアルな表現のため、反米的だと言われ劇場公開が見送られた幻の映画」「8万人余りの広島市民がエキストラとして参加」と紹介されていた。

 

 その「リアルな表現」だが、広島の平和記念資料館で遺品や写真、丸木美術館(埼玉県東松山市)で原爆の図を見学したときと、スクリーンに映し出される被爆の惨状は、心に刺さるものがどこか違う。静止画(物)がもたらす想像力と演出された現実感の違いなのか、それとも単純に感受性の劣化?

 

 有名な俳優が多数出演しているが、はっきりわかったのは英語教師の岡田英次と医師の三島雅夫山田五十鈴ら女優は誰一人わからなかった。

 

 映画のタイトルロールで日本教職員組合の製作と知って驚いた。時代の移ろいとはいえ、終戦直後の日教組の力は偉大だったのだな。

 

 日教組は高度成長期ごろから組織率がどんどん下がり、今では組織率自体がニュースにならなくなった。代わって教員不足が社会問題化しているが、さて学校の先生のどのくらいがこの映画を見たのだろうか。

 

 「ひろしま」はこの日午前と午後の2回上映。主催者は午前の入場者を「100人近く」と言ったが、午後は70~80人といったところだった。

震災復興の東松島行きを決断

 1カ月後に、東日本大震災で大きな津波被害を受けた宮城県東松島市を訪ねるバスツアーに参加するため、1月8日、JR武蔵野線新秋津駅みどりの窓口で仙台往復の乗車券と東北新幹線特急券を買った。

 

 ツアーは一般財団法人3・11伝承ロード推進機構が企画し、近畿日本ツーリスト仙台支店が実施に協力する「東松島日帰り伝承ロードバスツアー」。仙台駅発着で、1月19日から2月10日まで全10回行う。参加費は大人1万円。

 

 東松島では座学で語り部から団地造成の話を聞き、現地を見学。さらにJR仙石線の移設痕跡や手作り避難所などの「震災記憶」を訪ねる。午後は市震災復興伝承館で震災の教訓を伝える映像を見て館内を見学し、震災遺構の鉄道駅プラットホームに立ち寄る。最後に奥松島観光が1時間ある。

 

 東北ファンクラブのメールでこのツアーを知り、すぐに心が動いた。今年は三陸海岸をバイクでツーリングする計画があるし、JRジパング俱楽部の割引サービスは何年も利用せず、無駄に年会費を払ってきた。

 

 あとは東京から日帰りするか、宿泊して仙台観光を欲張るか。10回の実施日のいつを選ぶか。いろいろ考えた末、2月8日に日帰りと決めた。最後の楽しみは仙台名物牛タンを賞味すること。

 

 心配は各回15人が集まらないとバスツアーが中止になる可能性があることと、当日、鉄道に事故などのトラブルがあることだ。3線を乗り継ぎ仙台駅午前9時集合だから、どの電車もダイヤ通りに運行して遅延がないよう願うばかりだ。

埼玉・小江戸川越七福神をめぐる

独立した小社にまつられている天然寺の寿老人

見立寺の水琴窟。地底からの「琴の音」に耳をすます

 西東京市主催の小江戸川越七福神めぐりが1月7日にあった。

 

 七福神めぐりは市スポーツ推進委員会が案内や安全対策の実働部隊となり、毎年コースを変えての恒例行事。募集80人に対し約50人が参加し、4班に分かれて行動した。

 

 西武新宿線田無駅に午前8時集合。同線本川越駅を出発し、妙善寺(毘沙門天)~妙昌寺(弁財天)の7カ所をめぐり、熊野神社で解散するまで約3時間、約7キロのコースだった。

 

 松の内の土曜日で冬晴れにも恵まれ、混雑が予想されたが、5度下見に来たというスタッフは「心配したほどではなく、よかった」。それでも、徳川家とゆかりの深いことで知られる喜多院(大黒天)の参道わきには多くの露店が並び、参拝の長い列も。

 

 川越は七福神をまつるすべての寺に水琴窟(すいきんくつ)が設けられているのも特徴だ。水をためた地中のかめに水滴が落ちると、琴に似た音色がかめの空洞に反響する。

 

 ひしゃくで水を落としても聞き取れない所があれば、耳を近づけなくても連続音が聞こえる所もあった。今年は7番目の妙昌寺(弁財天)の水琴窟が移設工事中で見ることもできなかった。

 

 蓮馨寺(れんけいじ=福禄寿神)と見立寺(けんりゅうじ=布袋尊)の間には大正浪漫夢通りや蔵造りの町並み、時の鐘、菓子屋横丁といった川越を代表する観光スポットが織り込まれ、参加者に好評だった。