国宝・火焔型土器に質問集中 郷土文化会が新潟・十日町市へ

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 西東京市郷土文化会の7月例会は2日、34人が参加し新潟県十日町市博物館を訪ねた。

 最大のお目当ては、昨年夏、国立東京博物館で開催された特別展「縄文―1万年の美の鼓動」で国宝の土偶とともに人気を集めた火焔(かえん)型土器。

 ひも状や帯状の粘土を貼り付け、立体的でダイナミックな装飾を施した火焔型とその仲間の王冠型土器を含め、展示された十数点すべてが十日町市博物館の所蔵品だ。

 火焔型土器は一つ一つが国宝なのではなく、「新潟県笹山遺跡出土深鉢形土器」とひとくくりで国宝指定された900点余りの出土品の一部。この中には深鉢形土器が57点あり、このうち火焔型が14点、王冠型が3点ある。

 同博物館学芸員の阿部敬さんによると、火焔式土器の装飾は現代のユニフォームや紋章のようにアイデンティティーを表す象徴と考えられ、ほぼ新潟県に相当する地域で作られた。

使われた期間は、今から5300年前~4800年前の500年間と、縄文時代の土器としては短い。それも、「伝統的な要素をどこにも残さずに消えた」という。

火焔型土器が新潟県縄文時代中期を代表する土器ならば、郷土文化会のメンバーの多くが住む西東京市には全く同時代の下野谷(したのや)遺跡がある関係から、阿部さんの解説が終わっても質問が続出。

実用性だけでない土器の役割、粘土の調達地、美しく復元するのに必要な残存率などについて丁寧に答え、「国宝の火焔型土器は年に3回、展示替えするので、あと2回見に来てください」とPRを忘れなかった。

同博物館は来年6月に新館がオープンする予定だ。国立東京博物館では壁や床が深紅に彩られた特別な部屋に遇された火焔型土器。今は下駄箱のような収納棚に入っていたり、その前の台に何の飾りもなく並べられたりしている。「縄文の美」は、地元の新しい舞台でどんな見せ方をしてもらえるのだろうか。