視覚障害 脳の皮質下から出血 入院記録

生命維持や体調管理の入り口となっている右手首

退院日の朝食。食べたかったヨーグルトが付いた

 武蔵野赤十字病院武蔵野市)の脳卒中センターに7月20日午後から29日午前まで10日間入院した。病名は脳卒中のうちの脳出血で、厳密にいうと「右皮質下出血」だった。出血した部位は視覚に影響を及ぼすという。

 

 画像診断で出血部位の周辺にある別の血管の異常が疑われたが、造影剤を使った再検査で問題ないとわかり、大いに安心した。

 

 恐れていた手術はなくなったものの、足の付け根から管を入れて造影剤を流し込み連続撮影するという検査は、部分麻酔のせいで注射針をチクッと刺される感覚が何度も伝わってきて怖かった。

 

 一般病棟に戻ってから、看護師が右足の付け根に内出血があるのを見つけ、「でも左から管を入れたんでしょ」と話し、パソコンで診療記録を見ているようだった。この時は僕も疑問を持ったが、痛みがなかったので担当医に問うのを忘れてしまった。

 

 この検査に備え電動バリカンのようなもので体毛を短くする「整毛」や、入院初期の尿瓶(しびん)使用、「おしも」の清拭(せいしき)は、いずれも女性看護師がやってくれた。恥ずかしさがなかったとは言わないが、心穏やかに身を任せられる自分に驚いた。

 

 入院生活は20年前の大阪勤務時代に、路上でつまずき前のめりに転倒、左膝の後十字靭帯(じんたい)剥離骨折を手術して以来だ。あのころは三食昼寝付きの休養をありがたく思い、苦痛や退屈は感じなかったように思う。

 

 しかし今回は3日後くらいから病院食に飽き、夜はよく眠れなかった。ご飯が全粥(ぜんがゆ)でおかずの味付けが薄いのは仕方がないとして、魚は魚種がわからないほど小さくほぐしてあり、緑色の野菜の多くはゆでたようにシャキシャキ感がなく、細かく刻んであるから味も伝わってこない。手間と時間をかけたメニューよりも、市販のヨーグルトとか、数ミリ角に刻まれていようともスイカやメロンとわかる果物においしさを感じたのは不思議だ。

 

 病室はパジャマ姿では寒いくらいに冷房が効き、汗はかかない。食事は三食とも水分たっぷりに見え、つい水分補給がおろそかに。おなかの動きは順調なのに3日間、排便がなく、浣腸(かんちょう)を試みたところ、経験のない悲しさで、「5分我慢」が1分も持たずに肛門が緩んでしまい、おしり一帯が大洪水の感触。それでいて肝心のものは出ず、看護スタッフに迷惑をかけた。向かいのベッドの高齢患者も便秘に苦しんでいた。

 

 夜、満足な睡眠が得られない理由の一つは、両手首と胸に取り付けられた点滴や様々な計測器の管に注意して寝返りを打たなければならないからだ。鼻から酸素の補給も受ける時期もあった。

 

 コード類が外れると、詰め所から看護師が飛んでくる。ナースコールの呼び出し音はかなりの頻度で聞こえるし、機器のランプの点滅はまぶたを閉じていても感じる。昼間の睡眠時間が結構長いせいもあって脳が眠たがらないようだ。夜が明けるのが待ち遠しい。退院のめどがつき、一つまた一つと管が外されていくたびに、うれしさがこみあげてくる。

 

 脳機能の検査と歩行などのリハビリは退院日の前々日から始まった。目の見え方に問題があるので、まず言語聴覚士と対面。見え方を詳しく聞かれ、記憶力のテストも受けた。結局、視覚だか色覚だかの異常のみと判断され、入院後に見えるようになった模様の残像についても、「早い人なら2~3日、長くても半年ほどで消えた例がある」ということで、安心材料が増えた。

 

 このあと建物内の階段を上り下りしてウオーミングアップ、炎天下の敷地内をゆっくりと歩いた。視界が欠けたり見にくかったりすることはなく、退院へ自信を深めた。

 

 悪夢が翌日襲ってきた。午後のリハビリの途中で胸やけのような感覚がこみ上げ、訓練を中断して病室に戻った。夕方、体がポカポカして気持ちよくまどろんでいると、体温を測りに来たスタッフが「熱が高い」と叫ぶ。聞くと37.9度。担当医に相談すると言って去った。

 

 この体温で疑わしいのは新型コロナウイルスの感染だ。しばらくしてマスクをさせられ、大きなビニール袋を頭からかぶされた。鼻の部分を切り取って鼻の奥に綿棒のようなものを突っ込まれての抗原検査。「まさかこんな所でコロナの検査を受けるとは」「どこで感染したんだろう」との思いが頭の中を駆け巡る。

 

 それからどのくらい時間がたったかわからないが、起こされて「結果は陰性でした。あした退院できます」と告げられた。翌朝の検温では36.9度だった。高熱の理由は謎のままだ。

 

 退院当日、妻が着替えや財布などを持ってきてくれた。医療費の自己負担約6万8千円をクレジットカードで払う。病院からもらった退院療養計画書によると食事、入浴、運動についての注意や制限はない。

 

 ただし、担当医からは8月10日の外来受診まで「バイクと自転車に乗らないように。飲酒もだめ」、薬剤師から「血圧を下げる薬を飲んでいる間、グレープフルーツは生食もジュースもいけない」と言い渡された。紙と対面との何という落差。妻からは「塩やマヨネーズは掛け過ぎよ」といさめられた。それでも「退院、バンザイ」だ。