千川上水は西東京市新町と武蔵野市桜堤との境界付近にある境橋で玉川上水と分かれ、豊島区西巣鴨まで素掘りの状態で、ほぼ西から東へ流れる。5代将軍徳川綱吉が自分の別荘の小石川御殿や学問所の湯島聖堂、菩提寺の上野寛永寺などに水を引くために開削を命じ、1696(元禄9)年に造られた。江戸市中の飲用水や農業用水にも使われた。
会員35人が午前9時すぎ、田無駅に集合。井上要三会長から用水のあらましを聞き、武蔵境通りから柳橋交差点に出て千川上水に沿って歩を進めた。この日の東京は最高気温31度で今年一番の暑さ。東伏見コミュニティセンターで休憩するころはみな汗だくだった。
それでも道端に咲くさまざまな花や水面に姿を見せたサギに癒やされたり、練馬区に入ると大根、キャベツ、インゲン、トウモロコシなどが実る畑が広がるのを見て、「意外と多くの生産緑地が残っている」と驚いたり。青梅街道につながる千川通りの一部では拡幅工事が進み、幅の広い歩道を人と自転車で二分する標識が立てられているという発見もあった。